生命曼荼羅 ・・ タスマニアの野聖に捧ぐ 木村理真
RAINBOW Vol.2(発売:さんが出版)より転載>




「現在の伐採ペースが続けば、タスマニアの’野聖の森’(old-growth オールドグロウス)は10年以内に壊滅してしまうでしょう。」 ここ豪州タスマニア州で、焼き払われて煙をあげる森を見あげながら、森林保護NGOのキャンペーナーが言う。
タスマニアに限らず、豪州各州でグリーン派たちはここ20年以上、身体を張って森を守る戦いを続けている。

その過程で非暴力によるダイレクト・アクション(直接行動)のかどで約4000人もの市民が逮捕されている。では、いったい誰のために、豪州の豊かなレインフォレスト(雨林)が壊滅の憂き目にあっているのだろうか。

これまで、豪州からの木材チップ(紙の原料)の輸出には豪政府が規制枠を設けていたものの、97年11月に業界からの圧力で規制が撤廃された。以降、タスマニアでは伐採面積が急増している。「ここ1、2年の森の惨状は、これまでの比ではない。」 と現地の市民たち。残された最後の「野生の森」を次の世代に手渡すことができるかどうか、その最後の攻防戦に現地のグリーン派は取り組んでいる。
年間、日本の総面積の3分の1にあたる1300万haの森が、私たちの地球から永遠に消えて行っている。世界の産業用木材(原木)貿易量の約4割が日本にやって来る。さてその木材のうち、木材チップにかぎると、アジア太平洋地域の貿易の88%が日本向け。豪州の天然林(native forest)からやって来る木材チップは日本の木材チップ市場の4分の1を占める。(96年)
豪州でもタスマニア州からの供給がその内の約6割と最も多い。

タスマニアの木材チップの9割が日本向けに輸出される。

そして1人あたりの紙の消費量は世界平均の5倍、2000年には年間257kgになるという。「日本が世界の森林の破壊国ナンバー1」と言われるゆえんである。

東京のゴミの4割以上が紙ゴミだといわれる。では、私たちの紙となって燃やされるために、こうして今も、伐採され続けている森は、どんな森か。

たとえばターカイン原生雨林(写真1、2)。 これは南半球に現存する最大の温帯雨林で、各専門機関から「世界遺産」に推薦されている、希少な野生地域である。
2億5千年前に出現したといわれる世界1大きい1メートルほどのザリガニや、体長5センチほど、花の蜜を吸って暮らすピグミー・ポッサム(写真3)など、絶滅にさらされている動物たちも生息する。そして高さ90メートル以上と、顕花する広葉樹のうち世界1背の高いユーカリ群もみられる。 (この背の高い樹木群のすでに9割が伐採された。)
今も伐採が絶えることのない森は、過去から未来への遺産を宿す、かけがえの無い原生林である。人間のマインドを超えた大きな生命の意識や魂、そうした言うに言われぬ神秘なるものを感じさせる、母なる森である。

タスマニアで木材チップに粉砕される天然林のうち75%が、「野生の森」(オールド・グロウス)である。大型ブルドーザーによる伐採の後、今度はヘリコプターからナパーム弾と類似した成分を散布して、伐採後の森を焼き尽くす。 (写真4)



公有地で伐採された天然林の68%が、こうした方法で焼かれる。ユーカリの単一裁培の畑、植林地を作るためだ。 (現地の伐採会社はこれを「持続可能な森林管理」と呼んでいる。そして「(我社は)何よりも環境にコミットしている」と日本向けにPRしている。)
さらに、植林地には、「1080」という劇薬を持った人参が散布される。この毒でユーカリ植林の芽を摘むポッサム、ワラビーら小動物を一掃するのだ。
水質汚染の恐れも懸念されている。こうして、神聖で官能的な森が、亡霊の出て来るような死臭漂う「墓場」と化していく。
私の目にはそう映る。そしてその森は東京のゴミになるべく、日本の私たちのもとへ、砕かれてチップとなってやって来る。
1枚の紙に、森をみる。奪われていく野生の声なき悲鳴を聞く。自分が紙ごみを出すたびに、消えていく森のいのちを思う。
森を奪う立場に立ってしまう自分の消費行動、その矛盾がこたえる。せめて森に弔(とむら)いの気持ちを送って、紙を大事に使わせてもらう。(写真6、タスマニアのバーニー港から日本の製紙工場をひかえた各港へ船積みされる木材チップ)



現地の環境団体は前向きな成果も勝ち取ってきている。タスマニアではターカイン地区の1.7万ヘクタールを含む5.9万ヘクタールがあらたに国立公園として保護されることになった。また「ボイコット・木材チップ」という消費者キャンペーンが成果をあげている。
これまでに豪州本島の6地方自治体が「オールド・グロウスを伐採している業者の製品は一切購入しない」という政策を固有の企業名をあげて掲げている。また西オーストラリア州では環境派のキャンペーンが成功して、労働党とナショナル党がともに「オールド・グロウスの伐採から手を引く」という政策を掲げるにいたった。

タスマニアのグリーン勢力は、90年代に入ってから、日本に代表を送ってきている。日本の消費者や製紙業界、、政治家に対して「実態を知って欲しい、そして森の保護に協力を」と切に求めている。タスマニアの木材チップの最大の顧客が日本なのだ。私たちの社会が1日でも早く「オールド・グロウスの森にはこれ以上手を下さない」という英断に達しないものか。 手遅れになる前に。世界の古い森は、次の世代に残す遺産だから。日本と同じ貿易立国オランダでは「環境に望ましい管理の行き届いた森林」を原料とする木材製品以外は国が輸入を禁じている、という。日本社会でもオランダと同様の措置を講じられないものか。そのオランダではNGO、行政、企業3社のパートナーシップ活動が活発である。 これは日本のNGOが今後、試みていくに値するアプローチのひとつだろう。

かつて、この国の風土には、すべてのいのちに魂が宿るという信仰があった。その中でも樹は、「気」(プラーナ)が凝縮したものとして崇(あが)められた。森に宿る神を畏(おそ)れ敬う儀式や言い伝えが継承されてきた。そして白く漉いた紙は、「聖域」を結ぶものとして重宝された、という。日本の精神風こうした自然崇拝の記憶が、現代日本のDNAによみがえらないものか。
それが「循環社会」へ向けて、私たちが生存をかけてシフトを促していく際に、スピリチャルな支柱にならないものか。

日本の伝統では「しめ縄」を樹に巻くことで、その樹を神格化し、地域の神木として尊重した。豪州で伐採が進む森の大樹に「しめ縄」を巻いて、日本から私たちの森に託す願いを届けていきたい、と「野聖の森」ネットワークでは考えている。現地の森を訪ねることが同時に、原生林の国立公園に寄与する「しめ縄エコツアー」をこの冬(現地、夏)予定している。


問合せ先:「野聖の森」 limakimura@hotmail.com
現地の環境団体 Wilderness Societyのウェブサイトはhttp://www.wilderness.org.au
(日本語も設置準備中)
(出展:Wilderness Society 99年2月。「地理」Vol.40, No.7 (古今書院)、
写真提供:Wilderness Society)

参考 「ターカインストーリー」 オフィスシナジー 日本語版、英語版 97年制作

プロジェクト「野聖の森」では、タスマニア現地の環境保護団体からの要請を受けて、レポート作成や、日本製紙連合会との会合、日本のNGOとの連携、情宣活動、現地では伐採現場の調査などを行っております。
(すべてボランティアの活動です)。 そこで、タスマニア原生林保護チャリティ グッズを販売、収益を活動経費の一部にあてたいと考えております。
みなさまのご理解とご協力をうけたまわることができれば、幸いに存じます。



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